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佐藤次郎さんの生家・お墓・出身校(旧制渋川中学)
  を庭球部100周年の編集委員会が取材して来ました

2001年11月19日(月)
早稲田大学庭球部・100周年記念編集委員会では、伊藤利裕編集長(S45)・横山芳治カメラマン(S45)・小林公子ライター(特別応援)・巽昇マネージャー兼運転手(S53)の4人で上記取材、日帰りの旅に行ってまいりました。
小林公子さんのレポートと写真を掲載いたします。

佐藤次郎さんのお墓参り

 デ杯欧州ゾーンに参加するため、船上にあった佐藤次郎さんが、マラッカ海峡に身を投げたのは、1934年4月5日のことだった。
 ウィンブルドンではシングルス、ベスト4、ダブルスでは布井良助と組んで準優勝、世界ランキング3位につけていた次郎さんだったので、世界中に衝撃が走ったという。

 晩秋の陽だまりの中でお墓と向き合った。きらきらと輝く栄光も、共に汗を流した球友やこの土地で息子の無事を祈っていた両親の存在も、次郎さんの死への思いを断ち切ることができなかったのか。

お墓 生家より徒歩5分 国道358線沿い

一族のお墓の右端が佐藤次郎さんのお墓

佐藤次郎さんのお墓 『早庭院神次獨郎居士』

『昭和九年四月五日没  俗名 佐藤次郎  享年 二十七歳』

伊藤編集長           小林ライター 横山カメラマン

 ご実家はまだ健在で、かやぶき屋根、白いお蔵など昔の面影を残している。松やさざんかの木の下に池があり、鯉が泳いでいる。悲報がもたらされたときも、こんなにやさしく平和な風景だったのだろうか。

生家 群馬県北群馬郡子持村横堀444




 母校の渋川高校(当時は渋川中学)にも行ったところ、校庭には胸像が、図書室の前には書や写真などがあり、次郎さんが大切にされているのがよくわかった。それが私たちの気持ちを少し軽くしてくれた。(小林 公子)                                    

旧制渋川中学(現 県立渋川高校) 校舎

テニスコート

佐藤次郎さんの胸像(校舎横)

図書室入り口の展示物

その中の肖像画

佐藤次郎さん直筆の書


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